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明治維新と山口市/明治維新策源地・山口市、1868年(慶応4年・明治元年)から数えて、
2018年(平成30年)は150年の節目にあたります。(山口市菜香亭)
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維新関連人物紹介

山口市ゆかりの明治維新関連の人物をご紹介いたします。

野村 素介 (のむら もとすけ)

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1842~1927
吉敷郡長野村(山口市大内長野)出身。1866(慶応2)年、家督を継ぎ、藩主毛利敬親の側近として活躍。維新後は茨城県知事・元老院議官などを歴任した。能書家としても広く知られ、多くの書を残している。

勅撰銅碑
勅撰銅碑(野村素介著)

井上 馨 (いのうえ かおる)

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1835~1915
吉敷郡湯田村(山口市湯田温泉)出身。1863(文久3)年、山尾庸三らとともにイギリスに渡航。維新後は明治政府に出仕し、外務・臨時総理・大蔵大臣など要職を歴任。経済界においても強大な発言権を持った。

井上 馨
山口県立山口博物館所蔵

杉 孫七郎 (すぎ まごしちろう)

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1835~1920
吉敷郡御堀村(山口市大内御堀)出身。1861(文久元)年、幕府の遣欧使節団に随行し西欧諸国を視察。維新後は主に宮中で活躍。ユーモア溢れる好人物で多くの人から慕われた。能書家としても広く知られている。

杉 孫七郎
山口県立山口図書館所蔵

山尾 庸三 (やまお ようぞう)

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1837~1917
吉敷郡二島村(山口市秋穂二島)出身。1863(文久3)年、井上馨らとともにイギリスに渡航。維新後は明治政府に出仕。東京大学工学部の前身である工学寮の設立を提唱するなど近代工業の確立に尽力した。

山尾 庸三
萩博物館所蔵

大村益次郎 (おおむら ますじろう)

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1824~1869
吉敷郡鋳銭司村(山口市鋳銭司)出身。1846(弘化3)年、大坂の緒方洪庵の適塾に入門、後に塾頭となる。優れた兵学者としても知られ、四境戦争や戊辰戦争では指揮官として活躍した。酒と豆腐をこよなく愛した。

大村益次郎
国立国会図書館デジタル化資料より

福田 侠平 (ふくだ きょうへい)

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1829~1868
吉敷郡山口町後河原(山口市後河原)出身。1863(文久3)年、奇兵隊に入隊。後に参謀・軍監(副将)へと累進。若き隊士からの信頼も厚かった。没後は東行庵に葬られたが有志により大内御堀にも墓が建てられた。

福田 侠平
東行庵蔵/下関市立東行記念館委託

高杉 晋作 (たかすぎ しんさく)

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1839~1867
1863(文久3)年6月、山口政事堂で藩主に対し奇兵隊創設案を建言した。1866(慶応2)年、家族のために糸米に自宅を建築しようとしたが完成を見ることなく没す。鰐石町や江良に住んでいた時期もあった。

高杉 晋作
国立国会図書館デジタル化資料より

井上 勝 (いのうえ まさる)

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1843~1910
1863(文久3)年、井上馨らとともにイギリスに渡航。鉱山学や鉄道の実業を学んだ。1868(明治元)年、明治政府に出仕し、鉄道頭となり各地の鉄道敷設を指揮した。旧宅は下小鯖にあったと伝えられている。

井上 勝
国立国会図書館デジタル化資料より

木戸 孝允 (きど たかよし)

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1833~1877
維新三傑のひとり。1867(慶応3)年9月から10月にかけ、枕流亭や湯田温泉の旅館松田屋で薩摩藩の西郷隆盛・大久保利通らと討幕について協議した。糸米にあった自宅と山林は臨終にあたり村民に寄付された。

木戸 孝允
国立国会図書館デジタル化資料より

伊藤 博文 (いとう ひろぶみ)

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1841~1909
1863(文久3)年、井上馨らとともにイギリスに渡航。翌1864(元治元)年帰国の際には大殿大路の十朋亭に寄宿した。1885(明治18)年、内閣制度が発足するや初代内閣総理大臣に就任、国政に尽くした。

伊藤 博文
山口県立山口博物館所蔵

周布 政之助 (すふ まさのすけ)

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1823~1864
井上馨や高杉晋作ら若手の良き理解者。禁門の変・長州征伐・下関戦争と相次ぐ情勢の悪化により追い込まれ1864(元治元)年9月、吉富簡一宅で自刃。遺言により石州街道沿いに墓が建てられた。杉孫七郎は甥。

周布 政之助
山口県立山口博物館所蔵

久坂 玄瑞 (くさか げんずい)

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1840~1864
松下村塾では高杉晋作と並び双璧と称され、吉田松陰から防長年少第一流と絶賛された。1864(元治元)年7月、禁門の変で敗れ鷹司邸で自刃した。十朋亭を離れとする萬代家には常用の湯飲み茶碗が保管されていた。

久坂 玄瑞

山田 顕義 (やまだ あきよし)

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1844~1892
1885(明治18)年、内閣制度が発足した際、初代司法大臣に就任。その後は日本大学や國學院大學の前身を設立し教育にも尽力した。旧宅は糸米と中央にあった。妻、龍子は湯田温泉の旅館瓦屋の娘である。

山田 顕義
山口県立山口博物館所蔵

堀 真五郎 (ほり しんごろう)

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1838~1913
1863(文久3)年4月、高杉晋作とともに京都より帰藩。その後、高杉の奇兵隊結成に呼応し八幡馬場で八幡隊を結成、総督となる。維新後は裁判所に出仕し、1890(明治23)年には大審院判事に昇進した。

堀 真五郎
堀真五郎著「伝家録」マツノ書店発行
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